好奇心を爆発させよう

フィードバックに対するスタンスを『SMARTCUTS』と東洋哲学から学んだから今なら何言われても平気です、貶してください。

フィードバックによって成長する僕たちはフィードバックについての考え方を知っておく必要がある。

先日読んだSMARTCUTSにあった一節はそれを教えてくれた。

我々はネガティブなフィードバックをもらうと人格を否定されたかのように考える。
大切なのは「自分自身の人格」と「失敗という行為」を切り離し、失敗の経験を客観的な実験と捉えることだ。

図にするとこうなるだろう。
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生産活動によって生まれた生産物もしくは、生産活動も含めた行為に対してのフィードバックであって人格に対してのフィードバックではない。

失敗が奨励される文化の根底にある考え方はこれなのかもしれない




じゃあ、就活や仕事の場面で自分そのものが評価される状況ではどう考えたらいいだろう。『自分』というものを分離できるのだろうか?

答えは東洋哲学にあり、結論としては分離できる。史上最強の哲学入門 東洋の哲人たちによると、古代の哲人ヤジャニャヴァハキアはこう言った。

アートマン(私)とは認識するものである。

細かい説明は省くが、『自分とはなにか?』を考えまくった哲人が至った答えとして自分とは脳でも肩書きでも体でもなく『認識を行う主体』であると結論づけている。

図にするとこうだ。
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つまりは、様々な状況下でパフォーマンスをしているのは『客体としての自分』であって、もう一人の自分(アートマン)は、『認識を行う主体としての自分』として『客体としての自分』を冷静に捉えて改善策を考える。

こう分離したほうが冷静かつ適切に改善策を考えられるし、自分自身の失敗にも寛容になれるんじゃないかっていう話だ。

今日言いたいことはそれだけ。


参考